池上彰の番組をみたが生まれた環境によって受けられる教育に格差があるのはいま始まったことではないし、自分自身かなり底辺の生活をしていた。
ブログのサイトをはてなさんからレンタルサーバに引っ越し、数日間アップデートできそうもないので自分の人生を簡単に振り返ってみる。
親父は給与安い上まともに家に金を入れなかったのでいまでも覚えているのは母親の体が弱くて小学生の時毎日1000円札を1枚持って家族全員の夕食の食材を市場で買って作っていたものだ。
誕生日やクリスマスプレゼントなんて貰った記憶もない。
塾なんて行ったこともない。
貧乏人が集まる県営だったか供給公社の月3万円程度の家賃の住宅にずっと住んでいた。
いまでもその団地は残っているらしいがほとんど日本人は住んでいないし治安も相当悪いらしい。
数十年経ってその団地に一度も懐かしさも感じないし思い出したくもない過去だ。
確かに次の給与まで300円しかなく食べるものがない底辺の底辺までは落ちてないが環境が環境だったので当時同じような状況の子は周りにいた。
子供の6人に1人が貧困とか日本が貧困率一位と左寄りの人が煽っているが昔だって今と変わらず貧困はあった。
その反動か収入があるようになってからは使いまくった。
よくいわれているのが金持ち程お金を使わず貧乏人は浪費家が多いと。当たっていると思う。
貧しい若い時代があって、一定の収入を得るとこれまで溜まっていた物欲が一気に放出され使ってしまうのだ。
会社に入り自分で思ってたより仕事ができたので給与も上がった。
勤めているのはブラック企業ともいわれるが成果をあげれば学歴や派閥などとは関係なく給与も上がるし本気で出身したければ事業部長程度にはなれる。能力とやる気がある人にはいい会社だと思う。
能力としてインテリジェンスはもちろん高い方がいいがどちらかといえばEQやコンピテンシーの高さの方が重要だと考えている。
成果を上げて年収もトントン拍子に上がっていたので35歳当時1000万円近くあったはずだが貯蓄はほぼゼロだった。
20代の頃は丸井のカードで限界までキャッシングをしていた。
仕事に酒や女やギャンブル、車、スキーにゴルフに海外旅行と今まで出来なかった事をやり続けていた。
多分そのままだったら今でも貯蓄ゼロでケ・セラ・セラと生きてきただろう。
そんな自分に転機が訪れたのは派遣社員として一緒に仕事をしていた個人事業主の社長との出会いだった。
当時勤めている会社は個人事業主に対する待遇が非常によかった。
年収で軽く抜かれていたし自営なのでサラリーマンより節税ができるためおそらく手取りで2倍は貰っていたと思う。
もちろん派遣扱いなので景気の悪化で切られるかもしれないがそこはトレードオフだろう。
それだけ収入があるから派手な暮らしをしているかと思えば極めて質素。趣味はまさに金を貯める事のようだった。金を貯めるといっても預金はほとんどもっていおらず全て投資。
株や不動産や出会う前は他の事業にも手を出していた。
そしてたまに大きな電化製品をとことん安いの探して買ったり、定期的に海外旅行へ行ったりしていた。
仕事で話を聞いているうちに感化されて不動産に手を出したり株をやったりするうちに貯蓄生活も悪くないと思うようになり、彼のような節約生活には程遠いがそれでも15年で自宅の資産と合わせて6000万円以上貯めた事になる。
年収があるからその程度貯まって当たり前だと思われるかもしれないが、収入が増えれば税金も増え、立場的にも飲み会で多めに支払うとか二次会ある程度上の立場の人でもつとか、それなりの立場の人との会食やラウンジやキャバに行く事にもなる。以前は付き合いのゴルフもやっていた。
自身の嗜好とは別に仕事の付き合いだけで年100万円は飛んでいたしそれが普通になっていた。
ここ最近は職場が変わったタイミングでこれまでの付き合いは全て切って避けられものは全て避けてきたので「会社にいるからかかってしまうコスト」がかなり軽減されてきたので年300万の貯金ができている。それまではどちらかといえば不動産投資や株やファンドで稼いできた。
稼いできたからいえるのだが資産運用はやはりギャンブルで確実に儲かるものなんてない。
どこかで記事にしたが不動産投資も売買で不動産会社のピンハネが大きく、利回り安めでサブリースで一定の家賃収入得られる契約をして安定収入求めたら3年でサブリースの子会社倒産させて逃げられた。
社名は明かさないが上場企業がこんな事をするんだから素人が手軽に手を出すものではない。
失敗や成功を重ねてなんとか老後に困らない程度になりそうなのでセミリタイヤも考えられるようになった。
自分の人生が参考になるとは思えないが底辺にいても自身のインテリジェンス以外の能力と人との出会いでそれなりに楽しく生活を送っている人だっていると知っていただければ。