巷では絶賛されている真田丸だがラストまで観終えて珍しくあまり感想が出てこない大河ドラマだった。
ここ10年では風林火山、天地人、龍馬伝、江、官兵衛をラストまで観た。
良い悪いは別にそれなりに感想はあった。
つまらなかったのであれば平清盛、八重の桜、花燃ゆのように早々に断念していただろうから面白かったのだろう。
歴史上は大阪冬の陣・夏の陣でしか活躍しておらずよくこの史実から三谷幸喜は50話まで書き上げたと感心してしまう。
当初は反発が多かったきりも上手くまとめたし、スタートの武田勝頼 役を好演した平岳大もよかったし、秀吉役の小日向さんは相変わらずの安定ぶりで、嫌な奴させたら天下一品の三成役の山本耕史と後半までストーリーを引っ張った昌幸役の草刈正雄も素晴らしかった。
そしてラストはさすが主役の堺雅人の見せ場が光った。
キャラを立たせるのもうまかった。
そしてこの大河ドラマ何を伝えたかったかといえば最終話で高梨内記が幸村にいったこのタイトルの言葉に込められていたのだろう。
真田幸村は何かを残したわけでもなく何かを成し遂げたわけでもないし旧勢力にあって時代を変えるのに抗っているだけの武将だが父昌幸を乗り越え立派に戦国時代を生きた、と。
みんながみんな何かを成し遂げて生きているわけでなく、それでも必死に生き抜く姿にみんな共感したんだと思う。
自分は会社の成果主義の毒に侵されて「何も成していない主人公」にそれほど感動はできなかったようだ。
多分会社を辞めて成果主義から抜け出していつかもう一度真田丸を観たら泣けるのかもしれない。
そういえば次は柴咲コウの主演の女城主直虎。
普通だとこの手の作品は大コケするだろうが信長協奏曲の帰蝶のようにキャラを全面に出せば結構いい線まで頑張れると思っている。
音楽の菅野よう子も楽しみだ。